ハンコが付かないと嫌だという人にはデジタル化はできない。

石橋 よろしくお願いします。所信表明という訳ではないのですが、今日は可視経営協会の新理事長に就任された池邉さんにいろいろお聞きしたいと思っています。

池邉 こちらこそ、よろしくお願いします。

石橋 働き方改革法案がこの4月から施行されました。これは一般には労働問題のように思われているようですが、私は根本的には企業の生産性の問題だと思うんですよ。

池邉 そうですね。その生産性についてなのですが、まず、私たちが考えるデジタルトランスフォーメーション(DX)という観点から見た働き方改革について触れておきたいんです。

石橋 電子マニュアル化によって、人がやるべき仕事と機械に任せる仕事の仕分けをするということですね。所謂RPAによる業務の自動化ですね。

池邉 はい。でも、簡単にRPA化と言っても、人がやらなくていい仕事をどのように解決していくかということが実は問題なんです。今ある仕組みを改善して対応するのか、全く新しいものを取り入れて対応するのか。

石橋 後者はデジタル的なものを入れ替えて、そもそもの業務フローを見直すということですね。これまでのステップをやめて全く新しいものに刷新していくということに踏み切れるかどうか。

池邉 そこが問題ですね。さらに我々の場合ですと、それをクラウドに置くのか、データはオンプレで社内に置くのかということも重要な選択肢になると思います。

石橋 オンプレになると、会社に出て来ないと仕事ができないという一面があります。「自由な働き方を推進する」という点では、テレワークの実現などに支障が生じる可能性がある。

池邉 もっと言えば、どうしてもハンコが付かないと嫌だという人には当然デジタル化はできません(笑)。そういうことを考えて、今一度、働き方改革を考えてみる必要があると思います。

業務の可視化からRPA導入へ、順序としてはこれが正解。

石橋 RPAによる業務の自動化を推進しながら、同時に業務プロセス全体を改善することも必要になって来ますね。そんな場合、ひとり一人の業務を可視化してムダを省き、改善ポイントを検出するプログラムが必要です。

池邉 そうなんです。業務の可視化によって業務プロセスが改善され、仕事全体の流れが効率化すれば、自ずと生産性が向上し、業務時間の短縮にも繋がります。

石橋 時間外労働の上限規制は、今回の働き方改革の目玉なのですが、RPA化はその面でも大きく貢献できます。

池邉 でも、単に早く帰宅させることが目的ではなく、その人の8時間(労働時間)が本当に質や競争力につながる8時間かというのを見極めるための定量的な判断として、我々は可視化を推進しているんです。

石橋 8時間の労働で成されるアウトプットをしっかり検証することが大事、ということですね。

池邉 私どもの会社ではRPA化推進のお手伝いをさせていただいているのですが、可視経営協会としては、RPA化と同時に、いや、RPA化の前に可視化が必要だと考えています。

石橋 そうですね。まず、仕事を可視化して業務内容を数値化しないと、どの業務を機械に任せたらいいかが分かりませんから。そこは協会としては押さえておきたいポイントだと思います。

つまるところ、働き方改革は個の幸せを考える生き方改革。

池邉 可視化もRPA化も最終的には業務間・作業間のロスをなくし生産性を上げるという目的を持っています。

石橋 それともう一つ、余裕率という問題もあります。

池邉 余裕率、ですか……。

石橋 これは自己間余裕率と言って、自分が疲れちゃって連続して仕事ができないっていう時、一休みしますが、このことを言うんです。だいたい人は10分から15分ごとに一休みしているんです。これが余裕率で、国際的に認められているんです。ISOなんかにも、人には最低限10%くらいの余裕率を与えないといけないという取り決めがあります。

池邉 なるほど。たとえ8時間以内であっても、休憩もなしにやみくもに働けば効率は下がり、結果生産性も上がりませんね。

石橋 それどころか、余裕率が低すぎると規定労働時間の8時間で疲れ切ってしまって、とても残業なんかする体力が残っていない(笑)。

池邉 パラドックスですね。でも、そういう意味でも、RPAやAI導入によって業務が自動化できれば、自然と余裕率も上がるということになりますね。

石橋 そういうことです。余裕を持って仕事をすれば、方向性を見誤ることもないし、つまらないミスも減る。勤務時間を終えても他のことに集中できる体力がある。私は、個の幸せを考えられないような社会にすべきではないと思っているんです。

池邉 それはいいお話しですね。働き方改革は最終的に言えば、生き方改革に繫がると。どんどん新しい視点を取り入れながら、私も頑張りたいと思います。

石橋 私ももうひと踏ん張り頑張ります。

プロフィール

池邉竜一
一般社団法人 可視経営協会 理事長・代表理事
ワークスアイディ株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学 経済学部卒 大分県出身
2001年 ㈱アークパワー代表取締役就任
2013年 キューアンドエーグループ傘下(NECネッツエスアイ連結対象会社)
2015年 キューアンドエーワークス㈱に社名変更 ITエンジニアの育成・派遣事業を運営 RPA市場においては「新・雇用創造」を掲げ、様々な人材の新たな活躍の場を創造、現在RPA化の前に業務の可視化こそが重要であることを推進
2016年 一般社団法人日本RPA協会 理事
2020年 ワークスアイディ㈱に商号変更
著書『デジタルレイバーが部下になる日』日経BP

石橋博史
一般社団法人 可視経営協会 代表理事
株式会社システム科学 代表取締役社長

1962年から24年間、自動車機器メーカーに勤務し、教育担当、人事、総務、工場長、社長室(トヨタ生産方式、業務改善推進担当)の職務を歴任。86年、システム科学を設立、社長に就任。一貫してトヨタ生産方式・IEを基にした業務革新の実践及び支援ツール「HIT」法の開発・導入、コンサルティングを推進、2010年2月に「業務プロセスの可視化法とチャート作成システム」で特許を取得。この間、ダイヤモンド社国際経営研究所で「業務革新の実践者養成講座」を担当、P.F.ドラッカー教授認定講座講師も務める。著書に、『業務革新の実践手法』『実践R.T.M.で企業革新』『HIT経営革新への実践技法』『可視経営』『可視経営で内部統制』『マネジメント力を磨く可視経営』『意識・行動が変わる続・可視経営』『最少人数で最強組織をつくる』がある。